Date - 2026.02.27
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「ツボ」は、なぜ効くのか。要穴と自律神経が織りなす身体の地図
「鍼が効く」という事実は、もはや経験論ではありません。
井穴ひとつで、アドレナリン分泌が変わる。
栄穴ひとつで、インターフェロンγの値が動く。
医学としての鍼灸は、こういったことが分かって来ています。
2000年以上前の古典医学書『傷寒論』は、当時のことばで様々なことを語っていますが、現代医学の知識を持って読み解けば、当時の鍼灸医たちが観ていたものをより深く理解することが出来ます。
言語こそ異なれど、彼らが「経絡」と呼んだものが何だったのか。
今でいう「自律神経の作用ルート」だったのではないか、と私は思います。
経絡を「自律神経の通り道」として読む
鍼灸医学において、要穴(重要な経穴)は単なる「痛みを和らげる点」ではありません。
それは、自律神経系への精密なアクセスポイントだと言えます。
鍼灸治療では、痛みがある場所や問題がある場合ではなく、離れた部位に鍼を刺したり、お灸をしたりします。
一体なぜ、遠く離れた「肘から下」「膝から下」のつぼが、内臓や免疫に影響を与えるのか。
経絡を単なるツボを繋げた実態のない線と考えてしまうと、たまたま内臓や免疫に効果のあるツボが「肘から下」「膝から下」にあっただけと思ってしまうかもしれません。
しかし、経絡を「自律神経の通り道」として理解できると、理解が深まります。
「経絡が内臓に届くから効く」のではなく、「自律神経が走っているから、そこへのアプローチが全身に波及する」と考える。この視点の転換こそが、古典を科学的に読み解く鍵になりえます。
五行穴——物質分泌への五つの扉
肘から下、膝から下に分布する「五輸穴(五行穴)」。
これらにはそれぞれ、特定の物質分泌を促す固有の作用が対応しています。

肘から下、および膝から下にある重要な経穴である「五行穴(五輸穴)」について、東洋医学的な主治(つかさどる症状)と、西洋医学的な自律神経・物質分泌への影響を詳しく解説していきます。
これらの要穴は、現代の鍼灸治療において自律神経の作用点として非常に重要な意味を持っています。
1. 井穴(せいけつ)
手足の指先(爪の生え際付近)に位置し、経絡の「気」が井戸のように湧き出るとされるツボです。
- 東洋医学的説明:手足の指先(爪の生え際付近)に位置し、経絡の「気」が井戸のように湧き出るツボです。五行分類では「木」または「金」に属し、急性の炎症、高熱、意識障害などの救急症状に対する「瀉血(刺絡)」や強力な刺激治療に用いられる重要なツボ。
- 西洋医学的説明: アドレナリン分泌作用があります。そのため、ショック状態やプレショック状態、あるいは急激に血圧が下がるような場面で刺鍼すれば、アドレナリンを増やして生体を維持する働きが期待されます。
2. 栄穴(えいけつ)
手足の指先から肘・膝に向かう経絡上で2番目に位置する経穴。脈気が勢いよく流れ始める場所とされ、主に熱を冷ます(清熱)作用や、心身の熱に関連する病証の治療に用いられます。
- 東洋医学目:夏の病や身体の熱、食欲不振、慢性的な体調不良の改善に用いられる重要穴で、五行では陰経が「火」、陽経が「水」に属します。
- 西洋医学的説明: インターフェロンγ(IFNγ)の分泌を強くする作用があります。IFNγを増やすことで免疫系を介して炎症や熱を抑え、生体の防御反応を助けます。
3. 兪穴(ゆけつ)
背中の背骨から指2本分外側にあり、肺兪・心兪・胃兪など臓器名が付く経穴。臓腑の気が集まる場所とされ、内臓の不調や自律神経の調整(冷え、消化不良、慢性的な痛み)に鍼灸治療でよく使われます。
- 東洋医学的説明:気がたくわえられる場所とされ、脾土や肝木の性質を帯びており、慢性的な疾患や体重の減少、関節痛の治療に用いられます。五行では陰経では「土」、陽経では「木」に属します。
- 西洋医学的説明: プロスタグランジンE2(PGE2)を刺激する働きがあります。PGE2は痛みや炎症に関わる物質であり、兪穴を刺激することで鎮痛反応を引き出します。
4. 経穴(けいけつ)
気の流れが「通り過ぎる(経る)」場所とされ、手首や足首よりも少し体幹に近い、前腕や下腿(すね)に位置しています。主に咳、喘息、寒気、発熱など、呼吸器系や外邪(風邪など)による症状に効果があるとされています。
- 東洋医学的説明:気の流れが深く広がり、勢いが増してくる部位であるため、外邪(風邪など)が体に侵入して起こる発熱や、気の逆流による咳の調節に優れた効果を発揮するとされています。五行では陰経では「金」、陽経では「火」に属します。
- 西洋医学的説明: 循環血漿量を流す働きがあります。これにより、体内の水分代謝に働きかけ、むくみ(浮腫)の改善に寄与します。
5. 合穴(ごうけつ)
指先から始まった気血の流れが、川が海に注ぎ込むように「深く、大きな流れとなって臓腑に合流する場所」されており、すべて肘や膝の関節付近に位置しています。主に内臓(六腑)の慢性的な不調や、気の逆流による症状に効果があるとされています。
- 東洋医学的説明: 「逆気(ぎゃくき)・泄気(せつき)」をつかさどります。合穴は経絡の気が最も深く入る場所であるため、気の逆流や、下痢などの消化器症状、特に内臓の慢性疾患や、飲食物の不摂生による胃腸のトラブルに高い効果を発揮します。
- 西洋医学的説明: 五行穴の中で自律神経調節機能が最も強いとされています。内臓機能、特に消化器系の働きを自律神経を介して整える役割を担います。
西洋医学的な観点から見ると、これら肘から下・膝から下の要穴は、基本的に副交感神経を刺激するツボだと言えます。五行穴を上手く使うことによって自律神経を調節することが出来、さまざまな症状を改善することができます。
原穴・郄穴・絡穴——反応を「読む」ツボ
1つ誤解しないでいただきたいのですが、要穴はすべて「治療のためのツボ」というわけではありません。一部は、むしろ「診断のためのツボ」としての性質を持っています。
その身体の反応を診るツボについて見て行きます。

原穴、郄穴、絡穴は、鍼灸治療において自律神経の状態を把握し、制御するために欠かせない重要な経穴です。それぞれの特徴と役割は以下の通り。
原穴:自律神経の診断点
特徴: その経絡全体の反応がすべて現れる場所であり、「その経絡の自律神経の反応点」と定義されています。
科学的根拠: 医学博士・中谷義雄氏の良導絡治療の研究によれば、一つの経絡上にあるすべてのつぼの電位を平均した値は、その経絡の原穴の電気抵抗値と同じになります。
臨床応用: テスターで原穴の電気抵抗を調べることにより、その経絡(自律神経)が亢進しているのか、あるいは機能が低下しているのかを客観的に把握することができます。
郄穴:急性痛と交感神経刺激
特徴: 「急性痛の反応点」として知られており、急激な痛みが生じている際に重要な役割を果たします。
生理的作用: 交感神経α(アルファ)受容体を刺激する作用があります。
治療効果: 郄穴に深く(ズンと響くように)鍼を打つことで、下行性抑制系が働き、痛みを即座に緩和させる効果が期待できます。これは現代医学でいうトリガーポイントが現れる場所でもあります。
絡穴:副交感神経と経絡の連絡
特徴: 東洋医学的には、「表裏関係」にある二つの経絡(例:肺経と大腸経など)を互いに結びつけるツボであると言われています。
生理的作用: 西洋医学的・機能的な側面からは、「副交感神経の反応点」として位置づけられています。
これらの要穴を使い分けることで、経絡(≒特定の臓腑につながる自律神経の通り道)の状態を診断し、痛みの除去や自律神経バランスの調整を行うことが出来ます。
「深さ」が変える、自律神経へのメッセージ
せっかくなので、ツボを「どう刺すか」というもしておこうと思います。
実は、同じ経穴でも、刺鍼の深さと手技によって、アプローチする神経系がまったく異なります。

副交感神経へのアプローチ
副交感神経を刺激するための「4mmの浅刺」は、鍼灸治療において生体を最も治りやすい状態に導くための基本的な手技です。
1. 刺激の定義と深さ
副交感神経を優位にするためには、皮膚から4mmまでという非常に浅い範囲に鍼を刺入することが重要とされています。この深さを超えて刺入してしまうと、副交感神経への適切な刺激にはならないと指摘されています。
2. 具体的な手技
- 使用する部位: 基本的に、肘から下、および膝から下にある重要な経穴(要穴)を選択します。
- 刺入方法: 鍼管を使い、管から少し飛び出している鍼の頭をトントンと叩くことで、正確に4mmだけ皮膚に入るように調整します。管を抜いた後は、鍼が皮膚で「ブランブランしているような状態」になりますが、これだけで十分な効果があります。
- 呼吸と捻転: 患者の呼気(息を吐くとき)に合わせて、やや早い「捻転補法(ねんてんほほう)」(鍼を細かく回す刺激)を加えることで、副交感神経を活性化させます。
3. 治療における役割
鍼灸治療の原則として、いきなり深い刺激(交感神経刺激)を与えるのではなく、まずはこの浅刺によって副交感神経を持ち上げることで患者の体はリラックスし、深く刺しても痛みを感じにくくなります。
- リバウンドの防止: 痛みがある部位にいきなり深く刺すと、交感神経のみが刺激され、一時的に痛みは取れてもリバウンド(もみ返しのような反応)を起こす可能性があります。
- 生体環境の調整: 副交感神経を先に活性化させてから、必要に応じて深い刺激(筋膜や筋層への刺入)で交感神経α受容体を刺激することで、永続的な鎮痛効果や、生体が本来持つ治癒力を引き出す環境を整えることができます。
この「4mm」という深さは、機械(良導絡)による電気抵抗の測定などでも裏付けられた、自律神経調整における一つの基準となっています。
古典は、すでに知っていた——かもしれない
『傷寒論』が書かれたのは、約1800年前。当然、アドレナリンもプロスタグランジンという言葉も、インターフェロンという言葉もまだ存在していません。
しかし、「この穴を刺せば熱が取れる」「こちらの穴は急な痛みに効く」という観察の蓄積は現代の分子生物学的な知見と、驚くほど一致しています。
私が思うに、これは偶然ではありません。人体という「システム」は変わっていない。変わったのは、それを説明する「言語」だけなのではないでしょうか。
「ツボ」は、単なる民間療法のロマンではありません。
それは、自律神経と内分泌系への精密なインターフェースであり、古典医学が長い臨床の歴史から発見した「身体の設計図」でもあるのです。
経絡を自律神経の通り道として捉え直す視点。要穴を物質分泌のスイッチとして読み解く視点。そして、刺し方一つで交感・副交感を使い分ける技術。
これらが統合されたとき、鍼灸医学は「経験知」から「精密医療」へと変貌します。
いや、すでにそうであったのかもしれません。
あなたは、2000年前の医師たちが、自律神経という存在を知っていたと思いますか?
私には、古典の時代の鍼灸医たちが経絡という概念を使って、自律神経のような存在を理解していたのではないかとすら思えます。
もし、タイムマシンがあったのなら、その時代の鍼灸医たちと議論を交わしてみたいものです。
参考文献:
第57回日本東洋医学学会学術総会 教育講演・基礎漢方講座
『漢方臨床における鍼灸医学:医師が身につけておきたい経絡の理解』
著者:水島丈雄医師 水島クリニック
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kampomed/58/3/58_3_413/_pdf
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