目を背けたくなるかもしれないが、
それが現実だ。
だけど、
全ての人に平等に訪れるものがある。
それは、”死”
おそらくほとんどの人が死を恐れているんじゃないかと思う。
なぜ、人は死を恐れるのか
理由は人それぞれだろうけど、
結局は、それは誰も経験した事がない事で、
死んだらどうなるのか、
死ぬとどう感じるのかを誰も実体験から話す事が出来ない、
つまり誰1人としてそれを知らないから恐れるのではないかと思う。
人間は誰しも知らないことを恐れる。
そして、
多くの人は知らないことに目を向けず、
目を背けて生きている。
だから、死が怖いんだ。
なんで死ぬのが怖いの?
と聞いてしっかりとした理由を上げれて死を怖がっている人を僕は今まで見た事がない。
死ぬのが怖いと言う人に、何で?と聞いて納得できる答えもらったことが僕は一度もない。大体みんな、わからないけど怖いと言って話が終わる。
正直行って、
死が怖いと言う気持ちは僕には理解出来ない。
僕は死ぬのは怖くない。
死とはいつも向き合っているつもりだ。
しっかりと死を見つめているつもりだ。
そして、自分の命とも向き合ってるつもりだ。
死が怖いと言ってる人は、
単に想像力が足りないのか、
現実から目を背けている人なんじゃないかと僕は思う。
自分がいつどこで死ぬことになるのかは誰にもわからない。
それでもいつ死に直面しても慌てないように死と向き合う事は出来る。
誰にでも出来る。
あるのはやるかやらないかの違いだけ。
僕は常々、長生きをしたくないと思っている。
太く短く生きれればそれで良いと思ってる。
かと言って簡単に死ぬつもりはない。
健康には気を使っているし、
食事と運動と思考、そして呼吸に気を使ってるおかげで体調はすこぶる良好だ。
口ではもう歳で衰えを感じ始めたなんて言うこともあるけど、
実際のところ26年間生きてきた中で今が一番調子が良いと思っている。
頭の回転も記憶力も体の使い方も全盛期だ。
単純な体力だけは高校で部活をやっていた時には敵わないだろうけど、
トレーニングさえすればすぐに追い越せるような気がしてる。
過信かもしれないけど。
そんな今だからこそ、
僕は自分の死と向き合おうと思う。
死と向き合うことで生が見えてくる
理想を言えばやっぱり身体がまだしっかりと動くうちに死にたい。
クルーズで働いていると60-90歳代のゲストを治療することがほとんど。
そんな彼らから頂く多くのアドバイスの1つが、
Don’t get old
つまり歳を取るなと。
歳を取ると身体が思うように動かず痛いところだらけだと彼らは言う。
だから僕は歳を取る前に死にたい。
60代で死ぬのがベストなんじゃないかと個人的には思ってる。
そんな話をスパの同僚としたら、
逆にみんなは60歳は若すぎる。もっと長生きしたいと言う。
成長した子供を
そして孫の成長を見たくないのかと彼らは言う。
両親には申し訳ないけど、
正直結婚する気も子供を授かりたいという気持ちも僕にはない。
将来はわからないけど、
とりあえず今の僕にはない。
そんな僕が考える最高の死に方は何か。
最高の死に方とは
とりあえず街での事故死や事件に巻き込まれての死は痛そうだから嫌だな。
病気で死ぬのは絶対になし。
健康管理を仕事とする鍼灸師が病気で死ぬなんて滑稽だと思う。
他人を管理する前に自己管理をしろ。と僕は思う。
戦争に行って死ぬのもなしだな。
というか戦争には絶対に行かない。
戦地に人助けに行く可能性は無くもないから戦地で死ぬ可能性はゼロではないだろうが、
線は薄いかな。
老衰
いや、無いな。
たぶん、多くの人が老衰で穏やかな死を望むんじゃないかと思う。
スパの子も大体そう言ってたし。
だがしかし、
老衰するには歳を取らねばならん。
歳を取るなというのがゲストからの教えだから却下。
殺人鬼に殺されるのは出来れば避けたい。
だから、そもそも殺人に巻き込まれそうな状況から距離を置くことを常に心掛けてる。
農村では大体テロは起きない。
やっぱり都会より地方だな。
大陸より島だな。
自然災害で死ぬのも個人的には無しだ。
自然災害で死ぬのは、準備不足。
想像力の欠除、判断を間違うせいだと思う。
あらかじめ予測して準備をしておけばほぼ自然災害で死ぬ事はないんじゃないかと思う。
日本に住んでたら自然災害にあわないでいる事は難しいのかもしれない。
じゃあ、日本に住まなければ良いんじゃね?
発想の転換である。
人にとって何が大事なのかは人それぞれ。
僕にとって日本は絶対に住みたい場所ではもうない。
昔は姥捨山なんてものがあった。
死期を悟って村を出る老人もいたのかもしれない。
僕はそんな事はしない。
そもそも、死期を悟れるほど老け込みたくないからそもそも死にに行くという発想
打ち捨てられるという発想は却下
死が回避出来ないと知っても最後の最後まで僕はあがきたい。
60代で死にたいと言うのと矛盾してるかもしれないけど、
やっぱり僕はそこに生きる可能性があるのなら最後までもがくだろう。
必死に生きようとするだろう。
だって親からもらった大切な命なんだから。